2020/05/26公開

駅概要

宮内(くない)駅の開業時期など詳細については調査中ですが、1944(昭和19)年3月に三井化学玉名専用鉄道(後の玉名支線)が原万田~玉名(後の大谷?)間に開通したのと同時に、信号所として開設されたものと考えられます。その後、1948(昭和23)年5月の従業員輸送開始とともに、駅に昇格したものだと思われます。
かつて、駅の北東側に三井鉱山宮内社宅があり、1960(昭和35)年10月の時点でおよそ1,500人が暮らしていました。
余談ですが、宮内と書いて「くない」と読むのは、難読駅名の一つではないでしょうか。

沿革

1944(昭和19)年03月三井化学玉名専用鉄道として、原万田~玉名(後の大谷?)間が開通。
宮内は、これと同時に信号所として開設されたと考えられる
1948(昭和23)年05月西原~大谷間の従業員輸送開始
1949(昭和24)年02月大谷~平井間の従業員輸送開始
(大谷行き列車の行先が平井まで延長)
1951(昭和26)年05月原万田~平井間が一閉塞になった
(宮内の信号所としての機能廃止?)
1964(昭和39)年08月地方鉄道・三池鉄道線として営業運転開始
1973(昭和48)年07月地方鉄道・三池鉄道線としての営業運転終了
1984(昭和59)年10月従業員輸送終了

現在の状況

車道と住宅地の間に、1面1線のホームが今もきれいに残されています。道床や周囲の雑草も整備されている感じですので、現役ローカル駅の雰囲気です。

大平側から見たホーム。道床もきれいに草刈りがされている。(2020/05/24撮影)
道路と住宅に挟まれた形で今も残る宮内駅。(2020/05/24撮影)
このカットだけを見ると、今にも列車がやって来そうな雰囲気である。(2020/05/24撮影)
支柱だけが残る駅名標。この駅名標は、廃線後は東宮内ふるさと自治会によって手入れされ、名所案内が書かれていた。(2020/05/24撮影)
大谷側から見た駅全景。キハ20などの気動車を置いても絵になりそうだ。(2020/05/24撮影)
駅のすぐ後ろは、住宅地となっている。(2020/05/24撮影)
道床側から見たホーム。(画面左側が大谷方面、画面右側が大平方面)(2020/05/24撮影)
道路側から見たホーム。(画面左側が大平方面、画面右側が大谷方面)(2020/05/24撮影)

所在地